こんにちは、ジェット谷です。
日本とカンボジアの両国でビジネスを行っているジェット谷が、現地カンボジアから最新情報をお届けするブログです。
先日、スタッフからこんな話を聞きました。
「あなたのボスは会社のCEOで、ミリオネアでしょう。どうしてそんなに細々と現場に出て、自分で確認したり、指示をしたりするのか?」
疑問に感じている人が結構いますよと教えてくれました(笑)。
私のカンボジア人スタッフたちは、もう私がそういう人間だと理解しています。
しかし、カンボジア政府の高官や他社の方々からすると、どうも理解しがたいようです。
「なぜCEOがそこまで現場に出るのか?」
ということなのでしょう。
私は、少なくとも日本人なら、私と同じような考え方をする人も多いのではないかと思っていました。
ところが、現地の日本人の間でも、
「社長があそこまで現場に出るのが信じられない」
という私にとっては意外な話が出ていたようです。
もしかすると、私が59歳なので、
「もういい歳なのだから、そこまで自分でやらなくても……」
という、お年寄り扱いの意味も入っているのかもしれません(笑)。
しかし、私の仕事に対する考え方は昔から変わりません。
いつも先頭に立つ。
もちろん、会社の規模が大きくなれば、すべての仕事を自分でできるわけではありません。
組織を作り、権限を与え、スタッフに任せる。
それも経営者の重要な仕事です。
しかし、「任せる」ということと「現場を知らない」ということは、まったく違うと私は考えています。
特に問題が起きたとき、計画どおりに進まなくなったとき、誰かが判断しなければならないとき。そんなときこそ、リーダーは現場に出るべきです。
私が「リーダーとはこうあるべきだ」と考える上で、印象に残っている二つの作品があります。
一つは、メル・ギブソン主演の映画『ワンス・アンド・フォーエバー』です。
ベトナム戦争へ向かう直前、メル・ギブソン演じるハル・ムーア中佐が部下たちを前にして語ります。
全員を生きて故郷へ連れて帰ることは約束できない。
しかし、これだけは約束する。
自分が最初に戦場へ入り、最後に戦場を去る。
そして、生きていようが死んでいようが、誰一人置き去りにはしない。
部下に「行け」と言って、自分は安全な後ろにいるのではない。
「私が最初に行く」
これが指揮官です。
もう一つは、司馬遼太郎の『関ケ原』です。
関ケ原の戦いで、戦況が乱れ、東軍の諸将が死力を尽くして戦っているようには見えない。桃配山の家康は、そんな戦況を見ながら苛立ちます。
しかし、戦場がこれだけ乱戦になれば、後方から細かな指揮をしても、もはや行き届きません。
その時、本多忠勝が家康のいる丘へ駆け上がり、
「上様、いまこそ御馬を進められ候え」
と進言します。
家康はうなずき、即座に立ち上がります。
この乱戦では、もはや主将自身が陣頭に馬を進めるしかない。
味方の兵たちは、前へ出てきた家康の姿そのものから「無言の叱咤」を感じる。
もちろん、総大将が前へ出るのですから危険です。
そこで、司馬遼太郎は家康について、こう書いています。
「その生涯で百戦をかさねてきた家康には、それだけの勇気がある。戦機を逸してまで身をかばうような思慮ぶかさは、この人物にはなかった。」
リーダーだから慎重でなければならない。トップだから自分の身を守らなければならない。
それも間違いではありません。
しかし、自分の身を守ることを考えるあまり、最も重要なタイミングを逃してしまったら、それではリーダーとして意味がない。
「頑張れ!」
「もっとやれ!」
「死力を尽くせ!」
後ろからいくら叫んでも、人はなかなか動きません。
ところが、総大将である家康自身が危険な前線へ馬を進めれば、何も言わなくても兵は感じる。司馬遼太郎のいう「無言の叱咤」なのでしょう。
『ワンス・アンド・フォーエバー』のムーア中佐は、
「私が最初に行く」
と言葉で約束しました。
『関ケ原』の家康は、
「自分が前へ出る」
という行動で示しました。
時代も国も、置かれた状況もまったく違います。
しかし、リーダーとしての考え方には、共通するものがあると私は思っています。
平時であれば、リーダーが後ろから指示を出していても組織は動きます。
優秀なスタッフに任せればいい。
しかし、予定どおりにいかなくなったとき。
リーダーがどこにいるのかを、みんなが見ています。
安全な場所からか、それとも、現場に立っているのか。
もちろん、会社経営と戦争はまったく違います。
しかし、
責任を負う者ほど、いざというときには前に出る。
このリーダーとしての考え方には、共通するものがあると思っています。
だから私は現場に出ます。
建設現場にも行きます。
自社幼稚園にも行きます。
レストランにも行きます。
朝早くても行きます。
細かなところも自分の目で確認します。
それを「CEOがする仕事ではない」と考える人もいるでしょう。
59歳にもなって、そこまで現場に出なくてもいいと思う人もいるでしょう。
それは、それぞれの考え方です。
ムーア中佐の、
「私が最初に戦場へ入り、最後に戦場を去る」
という言葉。
そして、関ケ原の乱戦の中、自ら馬を進めた家康。
「戦機を逸してまで身をかばうような思慮ぶかさは、この人物にはなかった。」
という司馬遼太郎の一文。
私は、この二つの作品に、リーダーとして大切なものが凝縮されているように感じます。
いざというとき、先頭に立てる人でなければならない。
少なくとも私は、そう考えて仕事をしてきました。
それがCEOの仕事なのかと言われれば、
私にとっては、それがCEOの仕事です。
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「私が最初に戦場へ入り、最後に戦場を去る」特に最後に戦場を去る、が重要です。谷社長は自覚されていないかもしれませんが、これまで作られた建物のメンテナンスも率先して行われています。
そして、生死にかかわらず必ず一緒に帰る、これも大きい。2次大戦中に、これを言った指揮者の部隊は勇猛でかつ生存率も高かったという記事を読んだことがあります。