ブログ筆者の小市琢磨の経歴詐称、14歳児童買春、児童手当不正受給疑惑の告発、訴訟をやめさせようとする加害行為や妨害行為を繰り返している小市琢磨氏らとその代弁者、そして小市琢磨の支持者を除けば、多くの日本人からは次のような声しか聞こえてきません。
「大使の植野篤志って、どうしようもない奴だな」の声ばかりで、
あの大使が「立派だ」という評価の声は一度も聞いたことがありません。
その評価を決定づけたのは、大使公邸に小市琢磨を招き、日本人の前で新年の挨拶をさせたことです。それまではほとんどの日本人は言及を控えていました。
疑義が指摘されている人物を、公的な場の前面に立たせるという判断。そこに利害関係があるのではないかとの疑念まで生じています。
通常、日本では公的機関でも民間でも、疑義が生じた段階で解明されるまでは、表舞台に立たせることは慎重に判断されるのが一般的です。
それをあえて行った以上、不透明さを疑われてもやむを得ないのではないです。
しかし、次のような意見もあります。
「大使も小市琢磨から事情を聞いているのではないか。その際、小市琢磨は『谷は精神異常者だ』『神戸地裁や大阪高裁で谷の訴えは棄却されている。だから経歴詐称は虚偽で、もちろん児童買春は捏造です』と説明している可能性もあるのではないか。」
確かに、小市琢磨は、以前から私のことを精神異常者とも言っていましたし、訴訟は棄却されている敗訴していることは事実です。
もし仮に、大使が十分な調査を行わず、当事者の説明をそのまま受け取って判断していたとすれば、それは外交官として極めて問題です。私は植野篤志は、大使、外務官僚としては無能であると思います。更迭されるべき役人です。
隣にいる人物の背景調査すら十分に行えないのであれば、大使館の信頼性そのものが問われます。
小市琢磨信者は、谷は訴訟で負けてばかりいる、だから小市琢磨さんは正しいと言っている声も聞いたことがあります。
裁判に馴染みのない方であれば、そう理解するのも無理はありません。勝訴・敗訴という結果だけを見れば、そう映るでしょう。
確かに裁判で勝つことは重要です。しかし、損害賠償請求と名誉毀損訴訟は性質が異なり、評価の仕方も単純ではありません。
そのことでブログにご意見を頂いています。分かりやすく解説していますのでご覧下さい
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名誉毀損裁判における賠償額など、勝敗にかかわらず、せいぜい10万~50万円程度の、文字通り雀の涙に過ぎません。谷社長の事業規模からすれば、痛痒にもならない金額です。
しかし、本件の本質は、そのような些末な金銭にあるのではありません。
重要なのは、司法という、嘘も言い逃れも許されない公的な場において、詐欺師やペテン師が詐欺師やペテン師であるという事実を、客観的証拠と法的判断によって明確に認定させることにあります。
彼らはこれまで、無責任な言動と詭弁によって責任を曖昧にし、場当たり的な弁解で逃げ続けてきたのかもしれません。しかし、司法の場においては、そのような小手先のごまかしは一切通用しません。
裁判は単なる金銭回収の手段ではなく、虚偽と欺瞞を白日の下に晒し、社会的評価を正当な位置に戻すための極めて有効な手段です。
試合(裁判)に勝つことは当然の帰結に過ぎません。本当に重要なのは、勝負として決着をつけ、彼らの本質を法的に確定させることです。
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以上のご意見は、まさに本質を突いています。
当事者と信者は「勝訴」「敗訴」という言葉だけで優劣を語ります。しかし、裁判実務を知る者からすれば、それがいかに表面的な理解かは明白です。
よりもっと簡単に理解しやすいように具体的に説明しましょう。
私に裁判に勝訴したと叫んでいる人物と私を比較して下さい。
私は日本、カンボジア両国で事業は順調です。
カンボジアでは東南アジアで8番目、カンボジアでは一番の高さのある333m東京タワーと同じ、日本で最も高い麻布台ヒルズよりも高さがあるコンドミニムの建設許可を得て、現在工事中です。販売も完売に近づいています。昨年2025年には関西・大阪EXPO2025のカンボジア館で同模型を展示させて頂き高い評価を頂いています。
一方で、「勝訴した」と声高に主張している側はどうでしょうか。
ある者は、仕事を失い、事業の停滞、事業が破綻、カンボジアには入国できず、家族と離散して、訴訟費用が無く個人訴訟をしたり、逮捕されて刑務所に収監された者、詐欺が認定され社会的信用の低下したもの、虚偽所得の請求がばれた者。愚か者と認定された者などなど、客観的状況を冷静に見れば、どちらが実質的に前進しているのかは明らかです。
実質勝訴、私からすれば、バナナの皮(勝訴)をやって、実(実質勝訴)を頂いたが現実です。
小市琢磨の裁判、神戸地裁・大阪高裁に関する本質ですが、
私を原告とする名誉棄損裁判で、名誉毀損の成立が認められなかった、すなわち棄却されたという結果だけです。
勝訴しても訴訟費用・弁護士費用も私と同様にかかっています。
訴訟すると金がかかることを理解したのでしょう。だから訴訟前までは私の実名を出して誹謗中傷投稿していましたが、訴訟後は、読む人が読めば、私と分かる文章で、主語(谷が)が無くはっきりしない小市琢磨の投稿と小市琢磨らの加害投稿を繰り返す匿名アカウントでの投稿になりました。
そして、訴訟手続を通じて小市琢磨の経歴に関する調査を行い、客観資料の提出を求めました。ジェトロ本庁に調査ができたのがその例です。
経歴詐称を司法の場で明らかにすることが私にとって、バナナの実であったのです。
その過程で、
「経歴詐称を否定する公的証拠の提出を拒否する」
「公的証拠を提出して真実が分かれば、新たな誹謗中傷が始じまる」
と証言拒否をして、小市琢磨は、こんな名言、否、迷言を裁判で記録として残しました。
「(経歴詐称の)沈黙は事実」と大阪高裁で認定、一定の評価が示されています。
裁判の主文だけを切り取れば、私の訴えは「棄却」敗訴です。
しかし、訴訟の過程で明らかになった事実関係こそが、本質です。
私は、表面的な勝敗ではなく、司法の場で事実関係を記録として残すことを目的としていました。
それが私にとっての「実質的成果、勝訴」です。
さらに裁判経過で2010年以降のカンボジアの子供5人の杉並区虚偽住民登録が発覚して、児童手当不正受給疑惑まで明るみに出ました。
児童手当不正受給は犯罪です。詐欺罪です。
事実なら小市琢磨を詐欺罪で逮捕され可能性があります。
少なくとも、訴訟を通じて新たな事実関係が浮上したことは否定できません。
1996年から30年カンボジアに移住して、詐欺まがいに築いてきた立場を私に崩され、尊敬も失い、信用も失い、足元が崩れるところまで来ていませんか?
30年にわたり築いてきたイカサマの立場や信用は、外形的な「勝訴」の言葉では守れません。
信用は実態で決まります。
裁判の形式的勝敗に執着するのは、いわば“バナナの皮”にすぎません。
重要なのは、そのバナナの実、つまり中身です。
皮だけを握りしめていても、皮で足元が滑って崩れれば意味はありません。
私は、実体を積み上げ続けます。
最後に、2020年小市琢磨が、〝俺なら谷に勝てる” 勝つ?って何を?この意味、小市琢磨の思考は未だに全く理解できませんが、私に絡んでこなければ、私は〝小市って誰?何している人”くらいの存在でした。何も起きずに30年イカサマでも築いてきたものを失わずに済んだでしょう。今、私に絡んでいったことを正直後悔しているでしょう。
でも昔には戻れません(笑
カエルみたいに這いつくばるまで辞めません。
小市琢磨の15歳児童買春は、カンボジアだけでなく国境がない犯罪です。
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会社が自分のものかどうか、自分が本当に社長なのかどうかを疑われるようなレベルの人間と、谷社長が同じ尺度で物事を考えているとお思いでしょうか?
勘違いが甚だしい、実評価に対しての自己評価が異常に高いが根本の原因ですよ
2014年09月18日の時事通信社の記事によると、イグノーベル賞を受賞した馬渕北里大学教授らは、バナナの皮が滑るのは、その内側にたくさんあるゲル状物質を含んだカプセルのような極小組織が靴で踏まれた圧力でつぶれ、にじみ出た液体が潤滑効果を高めるためだそうです。
バナナの皮くらいしか価値のない小市遅漏氏は踏まねば良かったのですよね。