名将の条件とは?
『どんな状況でも勝つつもりで戦う』
『センス、感(先見性)』
『果敢で俊敏な決断力』
『徹底性』
誰か覚えていないのですが、有名な日本人軍事評論家のビジネスエッセイを書き留めていました。
これに『動じず表に出さず』と加えたいが私個人の意見です。
上記画像は、再放送中のNHK『坂の上の雲』(司馬遼太郎)の第12話『敵艦見ゆ』からです。
日露戦争でロシアバルチック艦隊が遠洋航海でウラジオストックに向かっているが、対馬海峡を通るか?太平洋側を回るか?開戦以来、連合艦隊司令部は神経を悩まします。
一隻でも逃げ込まれれば朝鮮半島、大陸への輸送への攻撃が懸念されるからです。
しかし、バルチック艦隊を両進路で迎え撃つ艦隊は日本にはない。連合艦隊1セットのみです。
対馬海峡を通過する予想で連合艦隊は待機しています。しかし、バルチック艦隊がシンガポールを通過情報から予測期間を一向に過ぎても対馬海峡に姿を見せない。もしや。。。
戦後、神経を病んでしまった作戦立案の参謀秋山貞之は、バルチック艦隊は既に太平洋を通過中ではと考えて、対馬海峡待機作戦を中止、津軽海峡まで連合艦隊を後退させる作戦案変更をうったえます。
参謀たちは動揺しながら承諾、東京の軍令部にも了解を取り、連合艦隊司令長官 東郷平八郎のに作戦変更を奏上します。しかし東郷は、
『対馬海峡を通る』
バルチック艦隊は欧州からアフリカ喜望峰を回る大遠洋航海で向かっている。不慣れな太平洋側を航路して選択しない。
東郷平八郎は、秋山貞之ら参謀たちが悩ましていたバルチック艦隊の進路は、初めから対馬海峡と判断して他航路は全く意にしておらず、しかし参謀らの作戦に関して口をはさんでこなかったのです。
『動じず表に出さず』です。
間もなくして、
『敵ノ艦隊見ユ』
バルチック艦隊は対馬海峡方面へとの哨戒船から打電が入ります。
「敵艦見ユトノ警報ニ接シ 連合艦隊ハ直チニ出動 コレヲ撃滅セントス、本日天気晴朗ナレドモ波高シ」の名文(?名文でない?こちらを)を東京軍令部に打電する秋山貞之ですが、『敵艦見ユ』の報にストレスから解放されて小躍りします。このあたりは原作と同じですね。
『動じず表に出さず』ですが、原作にしか出てきませんエピソードも紹介します。
日本海海戦の前にロシア旅順艦隊を旅順港に封鎖していた時です。
日本は連合艦隊1セット、ロシアは旅順艦隊とバルチック艦隊の2セットがあります。ロシアは2セットで日本の連合艦隊と戦う作戦で、バルチック艦隊が到着するまで旅順艦隊は旅順港から出てきません。
連合艦隊は旅順艦隊を挑発しますが出てきません。そんな矢先にロシア軍が仕掛けた機雷に接触して5隻しかない戦艦の2隻を戦わずして失ってしまいます。
司令官、参謀たちは絶望感が隠せず、秋山貞之は顔を引きつってしまいます。
そんな沈んだ空気の中、イギリス人の従軍記者の記録があります。艦橋にたたずむ東郷平八郎を見つけます。
2艦を失ったお悔やみを伝えると、東郷はにっこりと
『ありがとう』の一言だけでした。
イギリス人記者は、どうして東郷が連合艦隊司令長官に選ばれたかを理解したとあります。
『動じず表に出さず』です。
さて日本海海戦です。
バルチック艦隊との距離10000mに近づき、艦橋は危険なので司令塔に移動するように勧める参謀たちに東郷は、
『おいは老人じゃ、今日はこの位置を離れん』
この海戦で一番砲弾の嵐の危険がる最前面に立ち、自らの死を決していたのでしょう。
『おはんたち若者こそ、将来のご奉公が大事じゃ、おはんたちが入れ』
司令部を艦橋と司令塔の2つに分かれます。東郷、秋山ら半分は艦橋に残ります。
海戦中、砲弾が命中したのは司令塔の方で、東郷達は無傷でした。
明治天皇が山本権兵衛海軍大臣に、どうして敦賀要塞で閑職の東郷を連合艦隊司令長官に任命したのかを尋ねると、
『東郷は運が良い男です。』
です。
確かにその通り、名将の条件に『運が良い』も加えなければなりません。
名将の条件とは?
『どんな状況でも勝つつもりで戦う』
『センス、感(先見性)』
『果敢で俊敏な決断力』
『徹底性』
『動じず表に出さず』
『運が良い』
名将の条件は、ビジネスにも当てはまりますか?私は当てはまると思います。
最後に東郷平八郎が連合艦隊司令長官として挑んだのが57歳です。恥ずかしながら現在の筆者と同じ歳です。
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名将の条件、メモしました!!
参考にして頂いてありがとうございます。私も頭にインプットします(^^