三法師と呼ばれた信長の嫡孫のその後――現代の遺児に何を残すべきか
NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』から、ふと思ったことです。
私自身、ドラマは全く見ていませんが、評判の方はいかがでしょうか?
ドラマそのものではなく、「清須会議」で織田信長の後継者として担ぎ上げられた、信長の嫡孫であり、織田信忠の子である「三法師」についてです。
歴史的な背景については省きますが、本能寺の変の後、織田家の後継者を決める清須会議で、当時わずか3歳の三法師が後継者に選ばれました。
当然ながら、3歳の子供に政治的な判断などできるはずがありません。
その幼い三法師を担ぎ上げた羽柴秀吉が、やがて天下を手中に収めるきっかけの一つとなったわけです。
ここまでの歴史は知っていました。
しかし、私も59歳になりました。
今まで考えたこともなかったのですが、ふと疑問が湧きました。
「その後、3歳の三法師はどうなったんだ?」
幼くして父親を失い、祖父である信長も亡くした子供が、その後どのような人生を送ったのか。
今になって、そんな遺児の人生に関心が出てきたのです。
親戚の間をたらい回しにされたのではないか、とも想像しました。
調べてみると、三法師は後に織田秀信と名乗り、豊臣政権下で成長し、岐阜城主として13万石余りを領する大名になっていました。
しかし、1600年の関ヶ原の戦いでは西軍に属して敗北。領地を失い、出家した後、1605年に26歳の若さで亡くなっています。
短い生涯ではありましたが、関ヶ原の戦いまでは大名として生きていたのだと知り、ある意味、ホッとしました。
この三法師のように、親を亡くしたことで人生が大きく変わってしまう子供の話は、現代にもあります。
例えば、裕福な家庭に生まれ、何不自由なく暮らしていた子供が、突然両親を亡くし、それまでの豊かな生活を失ってしまう。
あるいは、父親が亡くなり、子供が財産を相続したところ、それまで消息不明だった母親が突然現れ、「お母さんがお金を預かってあげる」と言って財産を管理し、連れてきた男と一緒に使い果たしてしまう。
障害のある子供を持つ親が、自分たちの死後も子供が安心して暮らせるようにと財産を残しておいたにもかかわらず、成年後見人となった弁護士に財産を横領され、施設で生活するためのお金さえ失ってしまう。
こうした事件も実際に起きています。
また、三法師ほど幼くなく、遺児でもありませんが、30歳、40歳になっても、どうしようもない金持ちのバカ息子というのもいます。
親が亡くなれば、相続した財産を浪費するか、誰かに騙されて失ってしまうのではないか。
そう頭を悩ませている立派な親もいることでしょう。
裕福な家庭に生まれた子供が、突然、貧しい生活へと転落してしまう悲劇。
こうした物語は、世界中にありますね。
もっとも、考え始めれば悩みは尽きません。
ある意味、考えてもキリがないことでもあります。
そもそも、裕福な家庭に生まれていなければ、親を亡くそうと亡くすまいと、もともとの生活水準は大きく変わらないかもしれません。
裕福な生活を知っているからこそ、それを失うことが大きな不幸になる場合もあるのでしょう。
ただ、このブログの読者には不動産に関心のある方が多く、ある程度の資産を持ち、将来その資産を子供たちに相続させなければならない方も少なくないと思います。
そこで、少し私の考えを述べてみます。
先ほど挙げた事例の中で、私が特に問題だと思うのは、障害のある子供のために残した財産を、成年後見人である弁護士や司法書士が横領してしまう事件です。
親が子供の将来を案じ、必死に働いて残した財産です。
それを、財産を守る立場にある専門家が使い込んでしまう。
こんなことは許されません。
もちろん、すべての弁護士や司法書士に問題があるわけではありません。しかし、現実にこうした事件が起きている以上、制度の改善が必要だと思います。
例えば、成年後見人として他人の財産を管理する専門家には、一定の財産的な信用力や保証能力を求める制度があってもよいのではないでしょうか。
万一、横領事件が起きた場合には、被害者の財産を確実に補填できる仕組みも必要です。
弁護士会などによる被害救済制度はありますが、それだけで十分なのか、さらに検討すべきでしょう。
私は、弁護士や司法書士が他人の財産を管理するのであれば、一定の保証金を供託する制度も検討すべきだと思います。
資力だけで人間の信用を判断できるわけではありませんが、資格を持っているからといって、不正をしない保証もありません。
私たち不動産業でも、日本では宅地建物取引業の免許を受けて営業する際、営業保証金の供託、あるいは保証協会への加入による保証制度が設けられています。
他人の大切な財産を扱う以上、相応の責任と保証が求められるのは当然だと思います。
次に、親としてできる対策は、子供にしっかりと教育を受けさせ、自分で判断できる人間に育てておくことです。
例えば、長年消息不明だった母親が父親の死後、男を連れて突然現れ、
「あなたのお金は、お母さんが預かっておいてあげる」
と言ってきたとします。
そのときに、
「このお金は、お父さんが僕のために残してくれたお金だ。お母さんたちのお金ではない」
と、未成年であっても、はっきり言える子供に育てておくことです。
もちろん、幼い子供や障害のある子供に、すべてを自分で判断させることはできません。遺言や信頼できる財産管理の仕組みを整えておくことも大切です。
しかし、それと同時に、親が生きている間から、財産の意味や、お金を守ることの大切さを伝えておく必要があると思います。
「もし、お父さんが亡くなったらどうする?」
「こんな人が近づいてきたら、どうする?」
そんなことを日頃から話し、いろいろな状況を想定しておくことも、一つの教育ではないでしょうか。
さて、ここで三法師の話に戻ります。
関ヶ原の戦いで西軍について敗れた三法師、後の織田秀信は、なぜ命を奪われずに済んだのでしょうか。
秀信は岐阜城で東軍の福島正則や池田輝政らの軍勢と戦いましたが、敗れて城を明け渡しました。
その後、助命されて出家しています。
福島正則が秀信の戦いぶりを評価し、徳川家康に助命を願い出たという逸話も伝えられています。
その詳細については史料上の検討が必要ですが、私はこの話に興味を持ちました。
福島正則は、かつて信長に仕えた秀吉の家臣であり、信長の孫である秀信とは、織田家を通じた歴史的なつながりがあります。
「さすがは信長様の孫」
実際にこのような言葉があったかどうかは別として、祖父・信長の名が、秀信の命を救う一つの力になったのかもしれません。
そして、この三法師の生涯から、私が感じたことがあります。
子供を残して亡くなる親にとって、財産を残すことも大切ですが、それ以上に、自分がどのように生きてきたかを残すことが大切なのではないか。
たとえ、残した財産を誰かに奪われてしまったとしても。
あるいは、十分な財産を残せなかったとしても。
親の生き方は、子供の人生に大きな影響を与えることがあると思います。
親の顔さえ記憶に残らないほど幼いときに亡くしたとしても、誰かが亡き親のことを話してくれるかもしれません。
「あんたのお父さんは、こんな人だったんだぞ」
「こんな仕事を成し遂げた人だったんだぞ」
そう聞かされて育った子供は、亡き親の生き方を感じ取り、
「お父さんに恥じない生き方をしよう」
と思うかもしれません。
また、もし道を踏み外しそうになったときには、
「あんたのお父さんは、あんたみたいな人ではなかったぞ」
と、誰かが叱咤してくれるかもしれません。
それは、ありがたい叱責です。
そして、お金には換算できない価値があると思います。
子供に、遺児に、何を残すべきなのか。
万全の生活環境でしょうか。
十分な財産でしょうか。
それとも、親としての生き方でしょうか。
もちろん、どれも大切です。
しかし、もし私がいなくなった後、自分の子供に何を残したいかと考えれば、やはり私自身の生き方を感じてほしいと思います。
例えば、将来、誰かが私の子供に、
「あんたのお父さんは、あのタワーを建てた人だぞ」
と言ってくれる。
その言葉が、子供にとって誇りになることもあれば、時には厳しい叱咤や叱責になることもあるでしょう。
それによって奮起し、自分の人生をしっかりと歩んでくれれば、親としてこれ以上うれしいことはありません。
財産は、使ってしまえばなくなります。
どれほど多くのお金を残しても、いつか失われることがあるでしょう。
しかし、人の生き方は、何世代にもわたって語り継がれることがあります。
三法師の話から、そんなことを考えました。
ジェット・谷
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